【観測記録_02】
- ヴィン

- 1月12日
- 読了時間: 2分
更新日:3月5日
「人格分断」という言葉は、しばしばフィクションとして消費されがちだ。
感情の逃避、自己防衛、あるいは“弱さ”の象徴として語られることが多い。
だが、CLiFF EDGEが観測しているそれは、単純なノイズ干渉によるものだ。
ノイズ環境下では、人間の自我は一枚岩ではいられない。
時に複数人の意思が、一個体のもとに集うケースもある。
思考、感情、判断、行動――それらを束ねていた“個体”が処理に失敗した時、発生する。
CLiFF EDGE内においては、ミコが該当する。
便宜上、彼女の人格群をA・B・Cと分類している。
Aは、対外的な対応や調整を担う。
言語処理と社会的振る舞いが安定しており、最も「人間らしく」見える部分だ。
Bは、攻撃性と即応性を引き受ける。
感情の抑制は弱いが、その分、異常への反応速度は速い。
危険な環境では、最も信頼できる判断を下すこともある。
Cは、観測と内省を担当する。
刺激に対して過敏だが、情報の歪みや微細な変化を最初に検知するのはこの層だ。
この状態を、治療や矯正の対象とはみなしていない。
理由は単純で、統合・離散は必ずしも安定をもたらすわけではないからだ。
壊れた構造を復元する行為は、再度の崩壊を引き起こす確率が高い。
それなら、割れたまま機能させた方がまだ合理的だ。
所長と俺がミコを保護した理由は、「人格を還す」ためではない。
各人格が過剰な負荷を背負い込まないよう、役割と距離を調整するためだ。
外部からは奇異に映る。
だが、セントラル・サージ以後の世界において、「ひとつであること」の方が例外になりつつある。
埋め込まれた人格は、不完全な存在ではない。むしろ、極限状況に適応した結果として合理的だ。
当記事の閲覧者の周囲に、時折別人のように振る舞う者がいた場合でも、異常ではない。
世界の方が、既に分断を前提に動いている。
それを、視覚を通して観測しているだけだ。
CLiFF EDGE inc. Obsavation Log




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